これまでは、学校のミドルリーダーと呼ばれるベテラン、中堅の先生にインタビューをしてきましたが、今回は、視点を変えて管理職の先生へのインタビューです。学校のマネジメントを司る立場から見て、よりよい文化を作っていくポイントは何なのかを伺いました。インタビューを受けてくださったのは、横浜市立鴨居中学校の前校長、齋藤浩司先生です。
今ある強みを活かして、学校をよりよくしていく
齋藤先生は、中学校の国語の教員として16年間勤務し、その後、生徒指導専任教諭として12年間勤務します。生徒指導専任教諭はクラスや学年を超え、いじめや不登校、発達障害など生徒が抱える様々な問題に学校の中心的役割として対応していく職種です。その後、副校長を経て、教育委員会に勤務します。教育委員会ではありとあらゆる学校の問題に対応しながら、ご自身が管理職になるにあたっての学校改革の良い事例の収集にも取り組んできました。そして、4年間の教育委員会での勤務を経て、鴨居中学校に校長として赴任します。
赴任して、まず取り組んだことが、前年度の職員会議の資料と過去5年分の学校アンケートなどの読み込みでした。さらに、先生たちとコミュニケーションを取り、様々な話を聞きました。資料やアンケートを読み込み、分析していく中で、鴨居中学校の先生たちのICTスキルが横浜市の平均よりも突出して高いことが分かりました。齋藤先生は、この強みの部分をベースに学校改革ができるのではないかと考えました。
さらに、前年度の先生たちが書き残していた「管理職の先生にやってほしいことのリスト」と重ねると、齋藤先生と他の先生たちの考えは重なることが多く、職員と一丸となって学校改革を進められるという確信が生まれます。
齋藤先生は言います。
先生たちと管理職である自分が同じ課題感をもって、同じ方向を向くことで学校改革は進んでいく。
と。そこで、目先の課題を解決するだけではなく、そもそも学校はどうあるべきかを先生たちと共に考えて、同じ課題感をさらに深めた上で、学校改革の旗を立てます。
改革というと、課題にメスを入れて、痛みを伴いながらでもよりよいものにしていくイメージがありますが、齋藤先生の考える学校改革はそうではありません。現状をしっかりと分析し、今ある強みをブラッシュアップしていくことで、学校をさらによくしていくことだと捉えています。鴨居中学校では、先生たちのICTスキルが元々高いというすでにある強みに着目して、ICTを中心とした働き方改革と授業改善に取り組むことにしました。
理念を作り、実感を伴う改革を行う
働き方改革としてまず取り組んだことは、学校用グループウェアであるミライムの導入。それに付随して、全員が見やすいように提案文章の書き方や資料のウェブ上での格納場所も統一しました。捨てずに膨大な量に膨れ上がっていた資料も教職員で協力して、廃棄しました。職員室の黒板が旧態依然としたものだったので、ホワイトボードに変更したり、デジタル採点の導入なども行ったりしました。もちろん、デジタル採点などは最初は慣れない先生方もいらっしゃったそうですが、使って慣れていった先生たちで教え合い、今では、もうそれがない状態が考えられないほど定着しています。このように、目に見えることから改善を始めることで、職員室が変わっていくことを先生たちも実感できます。改革には、実感を伴うことがとても重要なのです。
さらに、授業や子どもの成長などすぐには目に見えない部分の改善にも取り組みます。まずは、学校スローガンの作成を行いました。1年目の途中に鴨居中学校の強みや弱みをもとにして、先生たちにスローガンの候補を考えてもらい、職員室に案を掲示しました。最後にシールで投票してもらい、2年目の学校のスローガンにしました。理念を示すことで、それに向かってみんなが取り組むようになり、自分たちの行動に意味づけができるようになると齋藤先生は語ります。
そしてその理念の元で、経済産業省の「未来の教室」事業に参画します。不登校支援の教室を確保し、そこに民間から支援員が1人常駐するという形で進めます。教師としては、別室で子どもが学習していたら、必ず顔を出したいところですが、齋藤先生は、「できる時に顔を出したらいいんだよ。」と先生たちに声をかけます。先生たちが働きやすいように環境を整えつつ、子どもたちも変わっていけるように進めていく。先生たちが見えていなかった経済産業省のルートを使用して、現場を改善していく。子どもの姿が変わっていく実感が得られると先生たちもさらに変わっていける。もし成果が出なかったら、さっと引くことも伝えます。
学校改革は、管理職と教職員が同じ方向を向き、自分達で考えた理念のもとで、変わっているという実感を得ながら進むことで成功します。
安心して話せるという信頼感があってこその、学校改革。
そして、改革を行う上でもう1つ大切なことが、安心して話せる場です。鴨居中学校に齋藤先生が赴任してからは、年度始めや年度末にチームビルディング研修を行いました。そこでは、パスタタワーを作ったり、テーマトークをしたりしながら、普段見ることのできない先生たちの新たな一面を引き出します。そうやって、少しずつ安心して話せる関係性を作っていったのです。
その効果は、休校時に行ったオンライン授業への移行の時に現れました。当初、先生たちは、オンラインへの移行に対して不安な気持ちでいっぱいでした。齋藤先生は、他の先生たちを励まし、不安の解消のためにオンライン移行に関するミニ連続講座を行います。また、自分自身も毎日YouTubeで配信を行いました。先生たちの心理的ハードルを低くして、率先して自分がやってみること。先生たちによってICTのスキルの差があるのは当たり前ですが、何度も話し合い、授業は学習保障だというビジョンが浸透したことで、バラバラでもいいんだ、まずはやってみよう!という状況が生まれました。今では、黒板を見ただけでは何の授業をしているか分からないほど、ICTを駆使して授業を進める先生が増えています。
人は「本音で話してね」と伝えるだけでは、本音は話せません。だから、安心して話せる場を意図的に作り、違いを認め合えるように話し合うことが大切だと齋藤先生は言います。
齋藤先生が最後に話してくださったことで、とても印象的だったのが折り紙の話です。
折り紙は、綺麗におっても出来上がりますが、多少のズレがあっても出来上がります。学校改革もそれでいい。1人ひとりの考え方は違います。みんなが同じ方向を向く中で、多少の違いがあったほうがおもしろいんです。
既存の学校像を乗り越え、どんどん新しいことにチャレンジできる場として学校があることがこれからはより大切になってくると齋藤先生はおっしゃっていました。
編集後記
新しいことを始める時や変化に対応しなければいけない時は、誰もが不安になります。その中で、違いを認め、安心して話せる場を作ったり、励ましたりしてくれる管理職の元では、先生たちも子どもたちも伸び伸びと新しいことにチャレンジできるのではないでしょうか。同じ方向性の中に多様性があることが、健全な学校運営につながることを学びました。齋藤先生、ありがとうございました。
(インタビュー・文:石橋智晴/編集:たかのまさこ)
「教室から変わる」Our Story
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