
今回は、公立中学校に勤務されている吉田先生(仮名)へのインタビューです。学校全体を動かす経験から、他者に関わる感覚が変わってきたことをお話いただきました。そこに、組織が変わっていくヒントがありそうです。どうぞご一読ください。
行動しても敵が増えていく感覚
吉田先生が、自分が属する組織に対して行動を起こす必要性を感じたのは、公立の中学校に勤務し始めてからでした。大学卒業後、通信制高校の教員として4年間働いていましたが、子どもの成長にもっと関わりたいと考え、中学校に勤務することになった吉田先生。最初の5年間は、中学校での勤務に慣れるためにも授業づくりや部活動に真摯に取り組みました。
6年目になると、PTA、校内研究、ICTなど責任ある校務分掌を任される立場になりました。その時に、学校全体を動かすことの難しさを痛感します。よりよくしたいという思いのもとで施策をうっているのに、行動すればするだけ周りの先生たちに理解されずに、敵ができていく感覚。見えない何かと戦っているような日々でした。そんな中、新型コロナウイルス感染症が流行し始めます。コロナ禍になって、学校には様々な変革が求められました。社会的にも学校の在り方が見直され始め、誰もが先が見えないことに対して不安を抱えた時でした。学校として生まれ変わる必要性を感じているのに、教職員みんなで前に進んでいくことができないもどかしさがそこにはありました。
担当する校務分掌で感じた課題感から、自分自身がもっと学ぶ必要があると思い、民間教育企業が主催する勉強会に参加し、学びを深めていきます。そこで、初めて、組織開発という考え方を知ることになりました。
引き上げるという感覚で関わっていたことが、敵を作り出していた
組織開発という考え方に出会い、自分が周りの先生たちに向き合えていなかったという事実に気づきます。吉田先生の言葉で、印象的だったのが、
組織開発に出会い、自分が戦っていたものの正体が、分かった気がした
という言葉でした。他の教職員のせいにするのではなく、自分自身の人との向き合い方を深く振り返っていくことこそ組織開発だと気づいた瞬間でした。
しかし、培ってきた行動や考え方はすぐに変化するものではありません。これまで、敵と捉えていた同僚と向き合った時に、湧き上がってくる感情。そんな場面に直面すると、自分の感情が勝って、相手と向き合えない日々が続きました。
この頃の組織へのアプローチの仕方は、周囲の人たちを今の自分の場所まで引き上げるという感覚でした。自分が学んできたことや、考えていることを伝えて、こちらのいるところまで教職員を引き上げる。そこには、コロナ禍でのマイナスになっている現状を何とか打破するために、引き上げていくんだという思いがあったそうです。しかし、マイナスをプラスにするためにギャップを埋めるアプローチは自分を苦しめることになります。
そんな時、信頼する2歳年上の先輩に言われたのが、「子どもたちの力をそれだけ信じられるんだから、先生たちのことももっと信じないと。先生たちは敵じゃない。動かない=反対しているとは限らないよ」その言葉をもらってからは、先生たちのことを理解し合えない敵と見るのではなく、先生たちを信じるというマインドへの変化がじんわりと起こります。
1つのチームとしては成功。しかし、学校全体はチームになっていなかった
少しずつ、校内に仲間も増え、学力向上部として成果を上げていきました。生徒の自主性を育む実践を学校全体で進めるために、学力向上部で一丸となって職員会議で提案しました。また、そうやって取り組んだ実践は校区の小学校にも伝わり、小学校でも同じ実践が始まりました。次の年、吉田先生が別の学校へ異動しても実践は残り、校内で取り組んでいくことになりました。
お話を聞けば、大成功かと思いきや、そうでもなかったと吉田先生は言います。この時、熱は伝わっていったけれども、学力向上部がひとつのチームになっていく過程で、周りの先生との軋轢(あつれき)や対立が生まれたことを悔やまれていました。
全員で進めていきたいという強い思いをもたれているからこそ、吉田先生は丁寧にふりかえりをされています。
この時期、再び先輩の姿に多くの影響を受けました。先輩が提案を進める時の在り方は、常に子どもの姿を周りの先生に伝えるというものでした。学びを通して変わっていく子どもの姿を丁寧に伝えていく先輩の姿を見て、自分は手法先行で、みんなを引き上げるために無理やり推し進めようとしていたことに気づき、この進め方は失敗だったんだと実感します。手法を広げたかったのではなく、手法を通して生まれる、目指す先の生徒の姿を伝えたかった。それが、吉田先生の中に芽生えた気づきでした。
感覚の変化。仲間たちの温度を少しずつ少しずつ上げる感覚
中学校1校目での成功と失敗が入り混じる経験を経て、2校目の中学校に異動になります。まずはじめに取り組んだのはICTの推進でした。全ての先生を信じて、先生たちが納得感をもって進めることが何よりも大切だと気づいてからは、こちらから引き上げるための大きな発信をしなくなりました。
部会で方針を出す際も話し合いをして、みんなが納得する方向性を決める。”べき””ねばならない”という考えを捨て、「職員全員がまず1段登るにはどうすればいいか」を考えて進めていきました。そこには、もう引き上げる感覚はなくなっていました。引き上げるのではなく、同じ方向を向いている仲間たちの温度を少しずつ少しずつ上げる感覚。それは、焚き火に薪をくべ、みんなで温まっていく感覚に似ていました。
今、振り返ると、引き上げることも時には重要であると吉田先生はおっしゃいます。でも、それは使い所。今は、どうしても譲れないことがあっても、引き上げるのでなく、反対の意見を言ってくれる人たちの不安を一緒に解決することから始めます。それでも、まだ、感情的になることがあるのが今の自分の課題だとおっしゃる吉田先生。日々、帰るときにふりかえりをして、相手にどんな風に伝えたり、一緒に取り組んだりすればいいかを考えています。自分の感情を律して、質問によって介入する方法を身につけることに今は取り組んでいるそうです。
編集後記
組織が変わる根幹には、「組織を変えねば!」と思っている考えを少しずつ少しずつ自分の中で変えていくことが重要だということが吉田先生のお話から伝わってきました。囚われていた自分自身に気づき、自己変容からスタートすることで、関わる組織が自然とよい熱を帯びていく。吉田先生の日々のふりかえりと自分自身の行動を変容させていく真摯な姿を尊敬します。吉田先生、ありがとうございました。
(インタビュー・文:石橋智晴/編集:たかのまさこ)
「教室から変わる」Our Story

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