今回は、2校目に異動し、学年主任や授業部部長などミドルリーダーとして活躍されている井上先生(仮名)へのインタビューです。普段から物腰柔らかな井上先生が、これまでどんな経験をされて、今の関わり方になっていかれたのか興味があり、お話を聞きにいきました。ご自身の経験を振り返りながら、自分の中で答え合わせをするように言葉を選んで語ってくださった井上先生。「想いを共有しながら、面白がって共に作っていく」そんな井上先生のスタンスをこの記事で感じていただけたらと思います。
方法をそろえるという学校文化の中で…
井上先生は、関東にある小学校で教員9年目を迎えられた優しい笑顔の先生です。元々は、幼稚園の先生を目指していましたが、小学校への教育実習を経て少しづつ小学校の教員という職業に魅力を感じ、教員になることを選びました。
そんな井上先生がまず最初に伝えてくださったのは、「僕は、大きな夢があって教師になったわけではないんですよ。でも、教師をやっていく中で、少しづつやりたいことの軸ができてきました」という言葉でした。学校で働く中で、井上先生の中でどんな軸が生まれてきたのか聞いてみました。
1校目の勤務校では、ベテランの先生方が多く、その先生たちの実践を真似しながら少しづつ力をつけました。3年目になるころには、少しづつクラスで実践してみたいことも生まれてきたそうです。
一方で、その頃、学校の中にある「方法をそろえる文化」の存在に疑問が生じてきました。「僕は、ちょっと臆病なので、相手の顔色を伺いながら行動することが多いんです」と語る井上先生ですが、周囲の行動や考えを人よりも察することができるからこそ、クラスで実践してみたいことが生まれた自分の気持ちと、それができないそろえる文化という窮屈さの間で苦しむことになります。
それでも、責任の持てる範囲で、周りの先生の迷惑にならないように、自分のクラスで小さく取り組んでみるということを始めました。悩みながらも自分にできるチャレンジを続けて、初任校での5年間の勤務を終えました。
想いを共有する
2校目に異動してからは、学年主任を任されることになります。自分が経験してきた”周りの先生に遠慮して、顔色を伺いつつ、方法をそろえながら学年を運営していく”という大変さを他の先生が追体験するのは違うのではないか。協力しながら一人ひとりががやりたいことに取り組めるように学年をマネジメントしていこう。そんな想いを強めていきます。
そこで、まず取り組んだのは周りの先生との想いの共有でした。
学校への苦情やクレームが来ない予防策として、方法をそろえる前に、一緒に仕事をする先生自身の想いややりたいことを自分から探っていくようにしました。方法をそろえることで安心を得るよりも、人として想いでつながって安心や楽しさを得る。それを意識すると自分らしく学年運営ができるようになってきました。ここで井上先生のもつ一緒に面白がりたいという性格が学年主任という立場になって、花を咲かせていきます。
自分らしく学年の運営ができたのは、井上先生のチャレンジする姿勢と周りの先生の想いを汲み取る力があったからこそだと感じました。
相手と想いを共有する時のポイントは何だったのでしょうか?
井上先生は3つ教えてくださいました。
一つ目は、自分から話しかけること。
以前は、自分の想いを汲んでくれなさそうだなと思う人のことを避けていたそうです。しかし、それは自分が勝手に決めつけて相手にラベルを貼っている(偏った見方をしている)ということに気づきます。自分が知ろうとしない限りずっと相手に対してラベルを貼ったままだと。それに気づいてからは、相手の仕事のタイミングのよい時や調子がよさそうな時に、自分から話しかけにいくようになりました。
二つ目は、何気ない会話の中から、相手の想いや良さを探ること。
相手と対話ができることが一番ですが、まずは対話の前に普段の会話を大切にします。今日子どもたちとどんなことがあったか、どんな授業になったのか、そんな普段の何気ない会話をしていく中で、相手の想いに触れた時、なぜそういう風に思うようになったのか経緯を聞くようにしています。また、相手の良さを探し、自分が決めつけていた相手への見方や偏見を変えていくことに日々取り組んでいます。
三つ目は、自分が笑顔でいることで、話しやすい雰囲気を作ること。
教師としてのあり方を深めるために、教育セミナーや講座で学ぶことも多くなってきた井上先生。そこで登壇する先生方の生き方や話の面白さに気づいた時に、もっと自分の学校の先生たちの話も聞きたいと思うようになりました。井上先生も以前は、自分の話をすることの方が多かったと言っておられましたが、それからは人の話をもっと聞いて、一緒に面白がりたいと純粋に思えるようになったそうです。そのためには、自分が話しかけると同時に、自分も話しかけられやすい雰囲気を出すことが大事だと考え、常に自分がご機嫌で、笑顔でいることを意識するようになりました。
このようにして、井上先生の中で「クラスも職員室も一人ひとりがチャレンジできる場にしたい!そのためにゆるやかなつながりを作り、無理のない範囲で想いを共有する」という軸が生まれてきました。
これが冒頭で話してくださった井上先生の「やりたいことの軸」となったのです。
想いが共有できると方法にこだわらなくなる
さらに2校目では、授業部部長としての仕事も担うことになります。クラスや、学年を超えて、学校全体を動かす立場として、これまでの学びが生きていきます。
学校全体で想いを共有しながら進めるための井上先生なりのポイントがあります。
まずは、考えている内容に広がりや深みを持たせるために、自分の想いを理解してくれる人に、自分の考えていることを相談します。井上先生は事前に自分の考えを書き出し、整理してから相談するようにしています。そうすることで、相互に話をしやすくなり、広がりが出て深みが増していきます。
次に大切なことは、相談して深まったことを、誰にどこまで伝えるかを考えることです。深まった考えを職員会議で提案をして、前に進めることも大事ですが、みんなで前に進むには、その考えが誰かに不利益がないか配慮をすることが大切です。井上先生は、ちょっとした失敗談も話してくださいました。学年の子どもたちが自分たちで企画したプログラムを運動会の取り組みとして行うことにしました。さらにそれらを子どもたちが動画にする授業の準備をし、職員会議で伝えました。しかし、他の学年から学年によって取り組みに差が出るという不安の声が漏れてきました。その時に、井上先生は、事前にこの案件に関係のある先生たちともっとコミュニケーションをとっておけばよかったと後悔したそうです。幸いにも、きちんと想いと進め方を伝えたことで、他の学年の先生たちも「取り組んでみたい!」と快く取り組んでくれました。
ここで、事前に個別に伝えることの大切さを学びました。
そして、物事を進めるにあたって管理職と想いを共有し、理解度を一致させることは大切になってきます。事前に双方向のコミュニケーションを大切にし、管理職にしっかり想いを伝える。いきなり方法を伝えると理解しあえないこともあります。そこで、なぜこの取り組みをする必要があるのか相手の想いも受け止めながら丁寧に伝えます。粘り強くコミュニケーションをとり、お互いの想いが共有できれば、学校全体での取り組みは上手くいきます。
管理職に限らず、先生方とお互いの想いが共有できれば、これまで自分が考えた方法にこだわりがなくなると井上先生は言います。自分の答えを最善として捉えるのではなく、共によりよいものを作っていくために、形を変えていく。想いを共有することで、対話の先に、共創が生まれる。そんなことを感じた、井上先生のお話でした。
抽象度が高い研究主題はチームを作り上げる土台になりうる
そうはいっても、勤務する学校は、文科省や都道府県からの研究採択を受けており、それに伴い管理職からこれまで誰も取り組んだことのないような抽象的なテーマが研究主題としておりてきます。
当初は、この抽象度の高さに多くの先生方が困惑していました。一部の先生は、新しい取り組みとしてやる気を持って進める一方で、他の先生方は、これまでの研究の形とは違いが大きすぎて、どのように取り組んでいけばいいのか不安になっていたと言います。
組織として研究主題に向かって取り組んでいく中で、ハレーションは起きなかったのでしょうか?ここにも、井上先生の工夫がありました。
まず、年度当初になるべくたくさんの研修時間を確保しました。教務の先生に想いや方向性を伝え、研修の機会を確保しました。そうすることで、先生方が研究テーマに触れて考える機会を増やして、テーマに対する理解を深められるようにしたのです。
さらに、研究会では、自身がファシリテーターとなり、対話の場を作っていきました。気をつけたのは、自分自身の考えと違っていても絶対に否定をしないこと。研究を進めるファシリテーターとしての口癖は「どうしたらもっとよくなりますかね?」でした。そうやって、機会をしっかり確保し、何度も何度も対話を重ねて一緒に作っていくことで、一人ひとりに研究への愛着が湧き、組織への所属感が生まれてきました。
ここまでくると、先生方はなぜ、この研究に取り組んでいるのか意味づけもできるようになりました。象徴的だったのが、全国から多くの先生が参観した公開授業の事後検討会です。なぜこの研究を学校の中でやっているのか、子どもたちにどんな力をつけて欲しいのか、そのためにどんなことができるのかを先生方一人ひとりが自分自身の言葉で語っていたのです。
抽象度が高いテーマだったからこそ、1人ひとりが意味づけできる余白がありました。これが逆に、具体的なテーマだったら、先生方は、それを具現化するためだけの組織の労働力と自分達を捉えることになったかもしれないと井上先生はおっしゃられていました。
井上先生の細やかな配慮と、先生たちの前向きな姿勢が素晴らしい研究とチームを作り上げていきました。
編集後記
今回のインタビューでは、お互いに想いを共有するポイントをたくさん話していただきました。柔らかな人当たりの井上先生のスタンスの裏には、確かな軸が存在しました。ゆるやかにつながり、想いを共有しながら、前に進んでいく。個業と呼ばれる教師の仕事ですが、網目のようにお互いが繋がりあっていくことで、組織として本当の形をなしていくのでしょう。その網目こそが、想いなのだと。井上先生、ありがとうございました。
(インタビュー・文:石橋智晴/編集:たかのまさこ)
「教室から変わる」Our Story
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