「初任者へおすすめの一冊 (2022)」として4月から学校現場で教職員として働く方向けに、様々な分野で教育に携わる先輩方から、おすすめの1冊をご紹介いただきました!
おすすめの書籍
※リンクはKindleにリダイレクトされますが、本編の引用は単行本(1996年発行)からのものです。
おすすめの理由
本件の依頼を受けたのは、私のとても大切な友人が闘病の末亡くなった二日後のことでした。
「悲しい」というより、視覚や聴覚、皮膚感覚などすべての感覚が遠のいていくようで、ぼんやりしている中、本棚を見回しました。でも、何を選べばいいのかわかりません。もちろん仕事柄、本棚にはたくさんの教育書が入っています。ただ、こういってはなんですが、人の死を前に「カリキュラム」や「評価」や「発達」や「フレームワーク」なんて、どうでもよいことでした。
そんなとき、ふと目に留まり手に取ったのが『センス・オブ・ワンダー』。この本は教師の間でもとても人気があるので、知っている方も多いでしょう。著者であるレイチェル・カーソンが甥っ子のロジャーと嵐の海や雨の日の森などを探検する姿が美しく描かれています。この本は彼女の遺作で、彼女自身が死の訪れを明確に感じつつ、本当に大事なことは何なのかを切に訴えるものともなっています。
地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとに出会ったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけだすことができると信じます。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。
生きていくためには、もちろん知識は必要だし、計算ができ、外国の言葉をしゃべれるといいこともあるでしょう。でも、その大前提として、心の底から湧き上がるような喜びを感じたり、美しいものを見て心が動かされたり、人間として調和がとれていかなければ、その人生は決して幸せなものにはなりません。
レイチェル・カーソンは、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない、とはっきりいいます。「子どもたちが出会う事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌だ」と。
私が子どもだった時代に比べて、あきらかに今の子どもたちは自然に触れる機会が減ってしまいました。都会では、毎日のようにお稽古漬けとなっていたり、受験勉強をさせられていたり、ゲームに夢中になっていることもあります。地方でも自然に触れる機会が少ないケースもあるようです。でも、レイチェル・カーソンの言うことが本当だとしたら、今の子どもたちは大切な学習機会を甚だしく失っていることになります。
明治時代の教育者、樋口勘次郎は尋常小学校2年生の生徒たちに地図を持たせ、上野から飛鳥山にかけて一緒に歩きました。不忍池、東照宮、五重の塔、動物園、博物館を訪れ、田畑や汽車を眺め、飛鳥山でお弁当を食べました。
郊外は良教場なり、遠足は良体操なり(略)蒼天の屋、山林の壁、青草の席、岩石の床、自然を書とし、自然を筆とし、自然を紙とし、自然を硯とし、耳にきき目によましむ。
今、「そう大切でもないこと」が「大切なこと」に優先する、あべこべで不思議なことがあちらこちらで起きています。もちろん、カリキュラムや評価も大事です。でも、それより前に、「人が人として育つ」ほうがよほど大事ではないでしょうか。
ひと昔前なら、家庭や放課後の友だちとの遊びの中でできていた自然のなかでの「センス・オブ・ワンダー」の経験に乏しい子が増えてきました。だったら「学校」という場所が子どもたちに豊かな経験をもたらす場になっていくことはできないでしょうか。なにも森に入っていく必要はありません。みなで空を眺めたり、木漏れ日を楽しんだり、道端に咲く花や、そこにくる虫たちとともに過ごせばいいのです。
50ページほどの小さな本です。ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
おすすめしてくれた方
藤原さとさん
日本政策金融公庫にて中小企業・新規事業融資に従事後、米国留学中に国際労働機関(ILO)のマイクロファイナンス部門で少額融資のスキームを調査。帰国後、ソニー(株)本社経営企画管理・戦略部門で、海外企業との共同開発、技術・資本提携等のプロジェクトに携わる。長女出産後ヘルスケアコンサルタントとして医療機関再生、地域包括ケアシステムの構築サポート、ミャンマー保健省と協働した現地乳がん検診事業立ち上げのリード等を行う。2012年度都内区立保育園父母会長。2014年に「こたえのない学校」を設立。2014年から2017年までアメリカ在住。2018年経産省 「未来の教室」事業で世界屈指のプロジェクト型学習を行う米ハイ・テック・ハイの教育プログラムを日本に導入。慶應義塾大学法学部政治学科卒・米国コーネル大学大学院公共政策学修士(M.P.A.)著書に『探究する学びをつくる-社会とつながるプロジェクト型学習』(平凡社)、『ラクガキのススメ(共同執筆)』(あいり出版)
(企画:木村彰宏 / 編集:たかのまさこ)
▼2021年にご紹介いただいた書籍はこちら