『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)』を読むと、9年間を見通した新時代の義務教育の在り方として小学校高学年での教科担任制の導入が2022年度からスタートすることが明記されました。これから導入される学校の先生たちにとっては、教科担任制って、中学校みたいなもの?という感覚かもしれません。いやいや、やってみると結構違うんですよ。
私の勤務する学校は、2016年度から先行して学年内での教科担任制度を導入しています。初任者として赴任したその年から段階的に導入が図られました。その経験をもとに教科担任制のメリット・デメリットを書いてみようと思います。
そもそも、なんで小学校で教科担任制なの?
文部科学省発表の答申や部会記録を読み込んでいくと、小学校での教科担任制度が話題に上がってくるのは2012年の学校段階間の連携・接続部会からです。小学校6年生が中学生に進級する時に、中学校の仕組みに馴染めず、いじめをうけたり不登校になったりする中一ギャップ解消を目的として、提唱され始めました。京都市の門川大作市長が教育長時代に2006年ごろから校長裁量で小学校の教科担任制の導入を図られていたのも有名な話です。(ちなみに、私は教育実習が京都市の新設小学校だったので、そこも教科担任制でした。もはや、私は教育実習から今まで、学級担任制をほとんど経験していません。)
また、2015年にはチームとしての学校・教職員の在り方に関する作業部会から、
① 教職員の多忙化の解消
② 複雑化する問題への対応
③ 教員の専門性の向上
の3つを視野に小学校高学年での教科担任制導入の必要性が取り上げられました。
以上の部会の記録と今回の答申から、教科担任制を取り入れる主な目的は
① 9年間を見通した指導体制の構築→(中一ギャップの解消)
② 専門性を持った教師によるきめ細やかな指導の充実→(複雑性への対応・専門性の向上)
③ 教師の負担軽減→(働き方改革)
が挙げられるでしょう。
勤務校の教科担任制の仕組み
教科担任制の導入にあたっては、「チーム学年経営」と銘打って、複雑化する諸問題に対して学年というチームで対応しましょうという形で始まりました。
特徴としては・・・
① 1年生〜6年生まで全学年で教科担任制を運用していること
② ブロック(低学年・中学年・高学年)に担任を持たないチームマネージャーとしての教員が配置されること
③ 学年内での教科交換を行う学年担任制という名前であること
以上の3点です。
①に関しては、導入時の管理職の考え方として
全職員で全児童を支援・指導するという考え方が大元にあります。だから、高学年のみではなく、低学年からの学年担任制度です。
②③を合わせて説明すると以下の図のようになります。
学年の中で、教科を分担して授業を行います。この図に、音楽や理科などの専科の教員も入ってきます。チームマネージャーは、学年全体を見渡し、学級経営のアドバイスや教科横断の授業のデザインを行います。
担任が自分のクラスで持つ教科としては、国語・算数・総合的な学習の時間(生活)・特別活動・道徳などになり、その他の教科を学年で分担して教科交換をします。
私の場合は、最初は図工を1年間教え、次の年は体育、次は社会、そして、今年度は体育と、年度や組む人によって担当する教科は変わってきました。例えば、私が社会(年間105時間)を教え、隣のクラスの先生が体育(90時間)を教える場合、15時間の差分が生まれます。この時数調整として、隣のクラスの先生が体育だけではなく時折外国語や道徳などの教科を私のクラスで教えるということになります。
仕組みの上では、与えられた(または、選んだ)教科の専門性を1年間を通して高めていく教員とカリキュラムをデザインする視点を持って進めていくチームマネージャーとで役割分担が進むことになります。
やや手間がかかるのが週案の作成です。まずは、学年の中で、どの教科を交換するかを決め、次に自分のクラスの週案を決めます。そして、学校全体の週案に入力するという形になり、慣れるまでには時間がかかります。
教科担任制のメリットは?
慣れるまで時間がかかりますが、教科担任制のメリットは大きいと思います。以下の図にメリットをまとめました。
教職員のメリットとしては主に・・・
① 担当教科への意識の向上と授業改善の回数が増える
他クラスの授業を担当するので学年担任制で担当する教科は、授業を改善する機会も増えます。学級担任制だと、1つの授業を行う場合、授業改善の機会は直ぐにはきません。学年担任制だと、その点授業改善の機会は直ぐに訪れるので、少しづつブラッシュアップできます。1回の方が、質にこだわるのでは?という考え方もある方思いますが、現実的にはこまめに改善した方がよりよい授業になりやすいのではないかと思います。
② 担任外との児童との関わりが増え、教員間での情報共有の基盤が整う
学級担任制と比べれば、他クラスの子どもたちと授業で関わるので、子どもたちの行動を見る機会が圧倒的に増えます。そこでアセスメントしたことを放課後職員室で共有することで、どう関わればいいかを話し合う時間が増えます。ここからお互いの教育観に触れることもでき、教員間の相互理解も進んでいると感じます。
③ 年休の取得がしやすい
今年は、私も平日に年休をもらい、軽井沢風越学園への訪問が実現しました。学級担任制だったら、丸1日開けるということは、子どもたちへの自習も増え、正直年休をとるのは気が引けます。一方で学年担任制をとる場合、各教員間で理解が進めば、クラスに授業に入ってもらえれば、自習の数も少なくなり、年休は取得しやすくなります。
また、子どもたちにとっては・・・
④ 複数の大人が関わることでの安心感
勤務校でのアンケート結果をもとに、学年担任制を考えると、子どもたちは比較的教この制度への慣れは生まれています。ちなみに、アンケートは高学年での結果をもとに作っていますが、高学年は入学した頃から学年担任制を経験しているので、運用の成果としては現れているのかなと思います。そういった意味では、子どもたちの安定につながっています。
教科担任制のデメリットは?
一方で、デメリットはどこにあるのか考えました。
① 担任裁量の時間割が制限される
他クラスの授業に出るので、自分のクラスで行う授業はおのずと回数は減ります。学級経営を行う上で、授業は一番の時間と労力を割く大切な時間です。その時間が減るということは、一層1時間1時間への質が求められます。授業者としての心意気と技術を一層試されている感じがしています。
さらに言えば、これからさらに求められる探究的な学習、特にプロジェクト型の学習スタイルでは、1時間で区切るというよりも2時間、3時間続けてじっくり探究するスタイルになるでしょう。文科省に対しても様々な教育団体が各教科の標準時間字数の柔軟な運用も希望するという要望を出しているのもよく聞きます。教科を横断してのプロジェクトが設立する場合、学年担任制の元では、担任裁量の時間が減るのでこれらが生まれづらい部分もあるのではないかと感じます。これから学年担任制と探究型の学習をうまく併用し成り立たせるには、担任個人の動きより学校の仕組み自体を抜本的に変え、教員間でより協働して授業をデザインする必要が出てくることでしょう。教員の中では経験したことないことへの恐れや不安から、自分の教科一つにこだわるという動きも出てくることが予想されます。
② 専門性が本当に高まるのか?
中学校の仕組みのように完全な教科担任制ではありません。例えば、担当する教科は1年単位で変わります。私の場合だと、上記の通り、図工→体育→社会→体育と年度によって変わってきました。学年を組む先生との兼ね合いもあるので、若手男性教員だと体育などの教科を担任することが多いです。(望む望まないに関わらず)自分の強みと担当する教科が異なるといったねじれも起こりやすい現状にあります。
③ 担当したことのない教科がある中での異動
これをデメリットとするか迷いましたが、明記しておきます。例えば理科の授業。専科の先生がいたり、ベテランの先生が担当したりすると、勤務校に在籍しているうちに自分が教科担任として担当することがないこともあります。2校目に異動になった時、バリバリ仕事が求められる中、担当したことのない教科があることは1つデメリットになるかもしれません。
④ 揃えることとの戦い
正直なところ、運用する中で今ここがいちばんのネックになっているかもしれません。学年の中で教科交換をすると授業のルールが担任によって異なると授業がしづらいことがあります。だから、スタンダードを作って揃えようとする動きが活発になってきます。現に、勤務校では、学年担任制を取り入れてから徐々にスタンダードができて、今では学習スタンダード・生活スタンダード・掃除スタンダードがあります。スタンダード自体があることに関しては、大枠があって、指導や支援の方向性が明確になるので経験年数の少ない先生たちからしたらありがたいことかもしれません。一方で、教員の指導法はそのパーソナリティや教育観とも関わってくるので、一概に画一的な方法を行うことが適切な教育効果をあげているのかは疑問です。
複雑さに対応するために生まれた教科担任制度が、揃えるという画一的な指導に陥るというパラドックスも含んでおり、その運用にはかなり気を付けなければいけないと思います。
スタンダードも含め、学年を運営する学年団の中で、常にコミュニケーションを取り、各教員の考え方や指導の背景にあるものの相互理解をしながら、運用していくことが大切です。
担任間の関係性を振り返る視点
教科担任制を円滑に運営する上での、関係性が紡がれているかの視点を4つあげます。子どもはスタンダードがあることによって安心したりエンパワーされているか?
①スタンダードを守ることばかりを優先順位に置いていないか?
スタンダードに対する担任間での対話はあるか?子どもはスタンダードがあることによって安心したりエンパワーされているか?
②隣のクラスに入った時に、自分の指導との差異を肯定的に受け止めているか?
③その指導の背景である「どんな思いをもって指導されているんですか?」を聞けているか?
④ 学年での話をする量は増えているか?必要に応じてプライベートの話も!
以上のような視点を持ち、時折関係性を振り返ってみてはいかがでしょう。学年担任制ではなくとも、普段からのコミュニケーションを振り返る視点として私個人は持ち続けたいと思います。
最後に・・・
勤務校の仕組みを取り上げましたが、これは都市部のクラス数が多いから成り立っている仕組みです。地方の過疎化が進み、1クラスしかないとなったら教科担任の仕組みは大きく異なるでしょう。すでに、全国の事例をみると中学校の先生が小学校で教えるケース、巡回する専科の教員がいるケースなど様々あります。これから、導入し運用するにあたっては、各地域や各学校の事情で大きく異なってくることでしょう。自分たちの持つリソースは何があるのかを考え、運用していけば、その地域独自の教科担任制度が出来上がってくると思います。
起こって欲しい未来としては、教科担任×Ed tech(ICT)などで、専門的な知識をもった外部人材がオンラインで授業を行い、教師はクラスのコーチとして一人ひとりの学びに寄り添うという形になればいいなと感じています。
仕組みを入れても運用するのは人。よりよい運用の形になるように現場で頑張っていきたいなと思います。
(記事:石橋智晴 / 「はる_学校組織をよりよく」に掲載の記事を一部編集し転載しました)
▼School Voice Project「小学校高学年の教科担任制について」アンケート結果まとめ
▼教科担任制についてのまとめ記事も併せてご覧ください