【連載】公教育に関わり続けるわけ(1)|木村彰宏

これまで様々なキャリアを経験しながらも、何らかの形で公教育(公立学校の教育)に関わり続けている木村にその背景をインタビューしました。
第1回目はその原点となる学生時代のエピソードです。


第1回「原点」

幼少期に感じた違和感と教育に携わるきっかけ

僕は高校生まで京都府で生まれ育ちました。

小・中学校の同級生には、家庭環境が複雑な子や様々なバッググラウンドを持った子たちがいて、コミュニケーション上の壁もあることから、周囲の大人たちやクラスメイトから腫物に触るかのように接される場面を目にする機会が多くありました。

「一対一で話せばみんな”いい奴”なのに、目に見えている印象や使う言葉、表面的な行動だけで学校から排除されるのはなんでだろう」

「学校がもっと、子どもたちが自分を守るために攻撃的にならざるを得ない環境ではなく、ありのままの自分でいられる居心地のいい場所なればいいな」

と、そんな違和感や願いを持って学校生活を送っていたことを記憶しています。

高校3年生の夏休みには、これまで学校に感じていたことや、親が教師だったことも影響し、教員免許の取れる学部へ進学することを決めました。

また、放課後や休日に異年齢の子たちとの関わることも多かったため、年齢が上がるにつれ自然と年下の子たちと関わる機会が増える中で、保育や幼児教育への関心も高まっていました。教員免許だけでなく、保育士や幼稚園の先生の免許も取れる大学を選んだのはそのためです。

「まずはやってみる」から広がった社会課題への関心

フィリピン・アラバット島ペレーズにて

入学当初、「大学は学びたい人が来る場ではないのか?」と生意気にも思っていたため、学生の学びに対するモチベーションの差に少しショックを受けていました。

しかし、せっかく目標ができて大学に来たのだからその環境を最大限に生かしたいと思い、児童福祉の活動を行う団体を立ち上げ、自分自身の学びの場や同じ関心を持った仲間とのつながりを作っていきました。

活動を通じて、乳幼児や小学生と関わる機会を持ち、多くの実践を積んでいきました。この頃から「まずはやってみる」というキャリア形成のスタイルが確立されていったように思います。

このスタイルを確立する中で、所属する大学を越えて多くの社会人や大学生と出会い、その人たちの興味関心やその背景にある信念に触れることで、教育分野はもちろんですが、教育以外の社会課題に対しても興味関心が広がっていきました

具体的な活動としては、生活保護を受けている家庭の子どもへ学習支援を継続的に行ったり、路上生活者や日雇い労働者への炊き出し支援に関わったり、フィリピンのスモーキーマウンテンや、社会構造的に貧困を抱えている地域で活動しているNGOに出会い、現地で貧困の仕組みについて学んだりもしていました。
様々な経験から、自分が小・中学校の頃に感じていた学校への違和感に対するアプローチの方法は、保育・教育現場で直接支援をする以外にもあるのではないかと考え始めました。そんな中、NGOの活動で訪問していたフィリピンから帰国した約1週間後に東日本大震災が起きたのです。大学2年生の冬、ちょうど20歳の時でした。

本人が持っている可能性を引き出すために「待つ」

復興支援活動にて

そして、自分にできる事があれば力になりたいとの思いでNPOの復興支援活動に携わるようになり、大学に通いながら岩手県に足を運ぶようになりました。

その活動の中で、エンパワメントアプローチを知りました。本人が持っている可能性を引き出す援助のため、積極的に何かをするよりも「そばで待つ」ことが多かったです。

現地の活動で出会った子どもの中には、最初は目が合わない子もいました。

その子にこちらがあれしようこれしようと言っても響きません。まずはそこに来ているのを見守るだけ、次に一緒にいるだけ、という状態から少しずつ一緒にいる時間が長くなり、信頼関係ができ、次第にその子の興味関心を発見できるようになりました。

子どもたちはもともと可能性を持っていて、環境側の課題によってそれが発揮できなくなっていることを目の当たりにしたため、子どもの可能性を信じて待つ、興味関心を引き出すようなかかわりを持つことが大切であると実感しました。

生活保護世帯の子どもたちへの学習支援や、路上生活者への炊き出しの中でも感じたことですが、被災地で出会った人たちと関わる中で、自分には到底想像できないような苦しみを抱えている人たちに何かを押し付けるようなコミュニケーションの浅はかさと向き合わずにはいられませんでした。

学生時代の後半にそのような経験を積んだことが、教育観、対人支援観に間違いなくつながっていると感じています。

>>第2回へ続く

木村彰宏|Profile

大学卒業後、岩手県の復興支援NPOにて勤務後、奈良市の小学校に教員として赴任。その後、株式会社LITALICOにて教室での指導・指導員の育成、採用業務や社内の人材開発、株式会社コーチェットにてコーチングを通じた起業家や経営者のサポートに従事。現在は学校法人軽井沢風越学園にて教員として勤務。 個人的に、一般社団法人こたえのない学校やその他ワークショップでのファシリテーター、コーチングなど様々な活動に携わりながら、学校の先生への伴走支援なども行っている。

編集後記

「まずはやってみる」このスタイルで紡いできたご縁は偶発的にも見えますが、振り返ることでその行動の軸が見えてきそうです。
これまでの経験が今後の公教育に関する考え方にどう影響してくるのか、次回以降聞いていきたいと思います。

(インタビュー/編集:高野雅子)

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