「その人がいていいんだ」そんな風に人を大事にできる組織づくりをしたい

グラフィックレコーディング:石橋智晴

Vol.1 大前知也先生(公立中学校教諭→青年海外協力隊)

大前さんは、大学卒業後に公立中学校の教員を5年経験し、現在、青年海外協力隊としてミャンマーに来て現地の教師教育に携わっています。
なぜ今、ミャンマーに行こうと思ったのか、またこれからどう教育に関わっていきたいのか、その背景や想いについてお話を伺いました。


教師としてこのままでいいのか?という問い

大前さんがなぜ今回、このタイミングでミャンマーに行こうと思ったかの理由を伺うと、次の答えが返ってきました。

一番は教務主任をしたことがきっかけになったと思っています。

教務主任になった当初は、このまま2年、3年とやっていこうと思っていたが、やっていくうちにその思いに変化があったと言います。

自分はこのまま人を管理する立場として働き続ける前に、やるべきことがあるんじゃないかと思ったんです。

そんな問いが生まれた背景には「先生の多様性」への必要性を実感したからとのこと。

学校の中では業務が忙しいがゆえに、あの先生のせいでとか、あの先生はできないみたいな排除が起こりがち。
そういった他人を責めたり、排除する行為というのは、色んなしわ寄せがきているからこその吐口となっている。その一方で、その先生にしか話しかけられない、相談できない子どもがいるというのも事実です。
ただ、このように、大人(教員)の都合でその先生が排除されることによって、悩みを相談したかった子どもが相談できなくなります。

本当に子どもたちを支えようとするならば、その先生を含めたチーム作りとか色んな参加の段階を認めるようなコミュニティとして学校組織を作っていきたいという思いが生まれたそうです。

色んな先生がいることで子どもたちが安心できる、そんな職場にしていきたいと思いました。

しかし、現状の組織をオーガナイズできないのはなぜかと考えたとき、組織全体に余裕を持たらす政策だったり、みんなで対話をしていこうって文化が不足していたり、対話の上で目指すゴールが言語化ができてなかったり、コミュニケーションがそもそも不足していたり、不足するだけの仕事量があって忙しい状態になっているとか、その教師が生き生きしていくには解決して行かなければいけないことはたくさんあると現場にいるからこそ実感したと言います。

どのようにして多様性を受け入れ、自主性、自律性を育んでそれぞれが生き生きした職場にしていくか、能力を自分自身で開発していくような先生を増やすか、組織としてチームワークを向上させ、成長していけるのかを考えてみたい、そのために、あえて厳しい環境に身を置いてチャレンジしたいとの思いで、大前さんは(青年海外協力隊に)応募を決めます。

苦しい経験というか、自分の言語も通じない、なんなら主体的な学びって何かというところから、根本的なところから考えていける環境があるんだとしたら、そこで得た経験というのは教師生活にとって活かされるだろうなと思ったんです。

なぜ「教師」か? なぜ「学校現場」か?

学校の外に出る場合、教師や学校現場というフィールドから離れる選択肢がありながらも、なぜそこから離れずに、教師や学校現場にこだわったのでしょうか。

学校や教育を改革すると言うは簡単ですが、本当に目の前に危機が迫ってる子どもたちと真剣に向き合うために、行政組織のことを理解したり、政治と教育の繋がりの中で葛藤したり、地域や保護者との関係をどう築いていくかであったり、現場で体験しないと見えてこない様々な背景があります。

そこでどうすれば先生が生き生きして働けるのかを現場の先生たちと一緒に泥臭く考えていきたい。
一人では変えられないし、協力しないといけないからこそ、色んな先生がいるからいいよねって思える職場作りがしたい。能力の有無ではなく、色んな先生がいるからこそ色んな子どもたちを支えられるいう視点で、組織作りをやりたいなというのは、現場を経験してより強く思うようになりました。
私立へ行くとか、新しい何かを創りたいとかいう発想も素晴らしいし、そういうものがモデルになって引っ張っていくというのもあるけど、自分は前者のような理由で公教育(義務教育)の現場にこだわっています。

子どもには「この人の存在で、生かされてる、ありがとう」と思える経験をしてほしい

また、社会科の教師になった背景には「社会と子どもをつなぎたい」という想いがあると言います。

社会科の先生になった理由も社会と学校、社会と子どもをつなぐことをしたかったからなんです。

子どもと社会をつなぐことで、学校の中で得られる経験とはどんなものか。それは、色んな人の存在で、苦しいことを乗り切れたり、大きく成長できる出会いがあるということを生徒たちに実感してもらうことであり、大前さん自身、これまで多くの人に支えられてきたからこそ、今があると言います。

小学校6年生のときの担任の先生の元で色々活躍できる場を作ってもらえたことがきっかけで先生になりたいと思い、高校生のときは、先生が進路について親身に相談に乗ってくれたことで希望の大学を諦めずに済みました。大学生のときに出会った先生は、結論も出ないような自分の話をただ聞いてくれました。

色んなところで色んな人と語ってきて、人って変わる、元気になるっていうのを体験してきたおかげで、今の自分がいると思っています。
友達にしろ先生にしろ家族にしろ、どうでもいい話に徹底的に付き合ってくれた人がいた。子どもたちにもそういうことを経験して欲しいです。

話す力をつけることも、創造性を育むことも大事だし、色んな能力を身に付けることは大事だけど、その人がいるからこそののありがたさを大事にしたいという想いで教師という仕事をしていると話してくれた大前さん。

私自身、その人のおかげで(自分が)存在してるんだなって、ありがたいなって思えることが幸せだと感じています。

トレーニングをすれば、多様性を受け入れられる

これまでの自身の経験や、学校現場における様々な背景から、ミャンマーのでの活動(教師教育)は、「その人がいていいんだ」という承認や人権意識があれば、そこだけで勝負できるのではないかと感じたそうです。

ミャンマーでは、スキル的な部分ももちろん期待されてるし、語学がどれだけできるのか、日本での様々な経験をどう生かすのかという部分ももちろんあるけど、人を大事にしたいというコアさえあればミャンマーの先生たちと分かり合えると思いました。

そして、「その人がいていいんだ」「色んな人がいていいんだ」という考えは、青年海外協力隊でミャンマーに来て、より強く感じたと言います。

協力隊は、色んな背景をもった人が集まる。そんな中で、「こうじゃなきゃいけない」というのは、自分を客観的にみたらすごく狭い価値観。

ミャンマーって、例えば、渋滞しているのにその中でUターンする人もいるくらいみんな自分勝手(笑)。渋滞しているのに、それぞれがそれぞれの道を目指していくけど、それについて誰もイラっとしたり、責めたりしない。それぞれがそれぞれの方向を向いて動いていてOKだと感じる。色んな人がいていいんだと思いました。

また、青年海外協力隊に参加する際に、ミャンマー語(ミャンマー人)を教えてくれた先生との出会いからも多くのことを学んだと言います。

その先生は、
「私は今、ミャンマー語をみなさんに教えています。
みなさんはミャンマーで先生になる先生を教えます。
その先生たちがミャンマーの子どもたちに色んなことを教えるんです。
つまり、私がここでミャンマー語を教えているということは、とても大きな徳を積んでいるんです。」
と言い切ったのだそうです。

なんで仕事しているんですか?という質問に対して
「徳を積んでるんです。来世のために徳を積んでいる。
今、そのように良いことを、目の前の人を大事にしながらしてるんです。」
と純粋な心で言い切った姿を見て尊敬しました。

次の世代のためにという働き方をしているミャンマー語の先生の姿は、大前さんの今後の目標にもなったと言います。

愛情が深かった。本当に見返りなく愛してくれたなと思う先生。そんな人に出会えたことはすごく幸せでした。
ミャンマーでテーラワーダ仏教を教えてもらって、それを実践してる先生を見て、こういう仏の心で、教師できたらいいだろうなと思いました。

怒る、他人を責める、自分と人と比較したりする、そういったことが自分を苦しめてるというこに気づいたときに、これはただの自分のプライドなんだとか、自分でうまく行ってないことあるからその先生のことを責めるんだということを認識できたとのこと。
また、そういった意識も、トレーニングをしたら身に付けられるということをミャンマーで実感したそうです。

訓練場でうるさい人がいて、自分はうるさいと思った。
うるさい、寝られない、なんやこいつらと思った。

それを(ミャンマー語の)先生に相談したら
「日中、私たちミャンマー語を勉強して、楽しいです、嬉しいですっていう喜びがあれば、嫌なことも必ずある」
「その人たちは、楽しんでいる。元気そうだなのというのは嬉しいことだ。私はそう思っています。」
と話してくれました。

それ以降は、「うるさい人」を見るたびに、この人たちは元気なんだなと思うことで、自分のストレスは回避できるようになったそうです。

そういった経験から、トレーニングすれば、スキルとして多様性を受け入れ、心の平静を保てることはできると思ったんです。

このように、ミャンマー語の先生から教わったマインドセットにより、「今までの価値観がぶっ壊れてる感じがする」と語ってくれた大前さん。

また、今後はより一層、出会った人を大事にしながら生きていきたいと感じているとのこと。

技術として何ができるかというよりは、出会った人を大事にして、接して、できることを一生懸命やる。
いい人に出会えるって感覚がここ(ミャンマー)に来てある。
考え抜いて、(青年海外協力隊への)参加を決定したが、恐らく、あのまま教務主任を続けていたらこの考え方には行きつかなかったでしょう。

色んな寄り道をした「わだち」を作りたい

学校という組織の改革はもちろんのこと、対生徒という文脈に置いては、「教師」というより子どもと社会をつなぐ「人」でありたい。そこさえできればいいと話す大前さん。

社会科の先生になった理由で、社会と子どもをつなぐことをしたいという話をしましたが、学校の中から見えている社会や大人に直接出会って、色んな刺激をもらって、「お互いさま」な関係の中で成長していく体験を子どもたちにして欲しい。
教師といっても幅広く、子どもと社会、学校と社会をつなげられる人になりたいという想いがあります。

ミャンマーから帰国する年は29歳。
一つの組織で勤め上げる人の割合は20%に満たないとも言われている時代。子どもたちには今以上に多様な進路がある。そんな中、大前さん自身も30歳になる前に良い寄り道ができたと言います。

キャリアというのは「わだち」。振り返ってみたときに、まっすぐではなく色んな寄り道をした「わだち」を作れる人になりたい。
子どもたちに色んな進路が考えられる時代に自分がストレートでいったらいけないなと思いました。

子どもにとっての「キャリア教育」という観点も、単純に将来や職業の選択を与えるということではなく、「子どもと社会の接続」がキャリア教育そのものであり、学校と社会をつなぐ教師として価値を発揮できそうな分野だと感じているとのこと。

そして、今思ってることを大事にしながらどんなことをやっていくのか、自分自身も変わっていくのか、(日本に)戻ってきたら何をするのか、興味があります。

大前さん自身も興味があるという、日本に帰ってきてからのご自身こと。
未来が予測できない時代だからこそ、不安ではなく、自分がどんな「わだち」を作っていくのかを楽しみにできるというのはこれからキャリアを築いていく上で必要なマインドセットなのかもしれません。

組織作りの課題を解決していく上で学校の中にいることにこだわり、生徒にとっては一人の人であることを大事にしたいという大前さんが、ミャンマーで得たものを生かし、今後学校でどのように実践されたのか、ぜひまたお話を伺いたいと思いました。

(インタビュー・グラフィックレコーディング:石橋 智晴 / 編集:高野 雅子)